Googleが人の記憶にもたらす影響

先日Science Expressで公開された下記の報告が話題を呼びました.

Google Effects on Memory: Cognitive Consequences of Having Information at Our Fingertips
https://www.sciencemag.org/content/333/6043/776.abstract

brain photo
Photo by dierk schaefer

Wired.jp (言及記事:「Google」は人の記憶能力を低下させるか)や lifehacker (言及記事:「インターネットによって、ヒトの記憶はどう変わったか?」に関する研究結果)でも紹介され,特に,Wiredのタイトルが「Google」は・・・となっており,センセーショナルなタイトルだったので,目についた方も多いと思います.実際のところ,原文のタイトルが Google Effects と銘打っているのでWiredが煽ったということではないですね.

この研究のリサーチクエスチョンは,Google等の検索エンジンの進化などにより,情報をいつでも手に入れられるようになったら,人の記憶に影響があるのではないか?ということです.確かに,いつでも情報を手に入れられるようになったら,人は記憶することを放棄するのではないか,記憶力が低下するのではないか?という疑問も浮かびます.

原文を読んだところ,実験デザインという点でも,なかなか面白い論文でしたので,簡単にまとめてみることにします.研究チームは4つの実験を行っていますので,順に見ていきます.

実験1:検索への依存性の検証

この実験は原文を読んでも今ひとつ詳しいことが分からないのですが(単に私の読解力不足かもしれません),要約すると上記のような事を確かめたようです.被験者はトリビアクイズ(難易度は高/低の二種類)を受けさせられ,直後に,青か赤で書かれた単語の色を答えさせられるテストを受けます.

単語はコンピュータ関連の単語(例示されているのはGoogle,Yahoo)と,一般単語(例示されているのはNike,Target)の二種類から出題され,それらの文字色を答えるまでの反応速度を測る(改訂型ストループテスト(参照:Wikipedia ストループ効果)),というものです.特に,難しいトリビアクイズが出題された後に,コンピュータ関連の単語の文字色を答えるまでの反応時間が長かったことから,高難度のクイズが被験者に検索行動を想起させ,そのためにGoogleやYahooという文字を見せられたときに反応が遅れたのではないか,と著者らは主張しています.つまり,我々がどれだけ検索に依存しているかを検証しようとしたということだと思いますが,この主張には若干の無理があるような気がしないでもありません.

実験2:外部記憶への依存性の検証

二番目の実験は,分かりやすい内容です.被験者は,覚えられる分量のトリビア(例:ダチョウの目は脳より大きい)が書かれた,40個の文章を提示され,それらをコンピュータに打ち込むタスクを行いました.被験者は2×2の被験者間実験デザインによって4群に分けられています.打ち込んだ文章を後にも参照可能/参照不可の2条件×事前に事後テストを告知する/しないの2条件です.タスク終了後,被験者は覚えている限りのトリビアを書きだすように求められました.結果として,テストの事前告知の有無には有意差はなく,参照可能条件の被験者は参照不可条件の被験者よりも,再生数が有意に少ないことがわかりました.つまり,後で確認できるのであれば,今覚える必要はないため,記憶する努力をしなかった,ということになります.このことから,インターネットで調べられる事柄は,記憶しなくなることが示唆されます.

実験3:外部記憶を持つことの影響

三番目の実験は,被験者内計画で行われました.実験2と同様に被験者は30個のトリビアをタイプするタスクを行い,それぞれの文章を打ち込んだ後に,次の3通りのメッセージが表示されました.“Your entry has been saved”(あなたのエントリは記録された:記録条件),“Your entry has been saved into the (one of 5) folder”(あなたのエントリは5個のうちのどれかのフォルダに記録された:フォルダ条件),“Your entry has been erased”(あなたのエントリは削除された:削除条件).タスク終了後,打ち込んだ文章と同じ文章かどうかをYes/Noで答える再認テストが行われました.この再認テストで出題された文章の半数が,一部改変されたものでした.結果として,削除条件の問題に対する再認率が,他の二つの問題に対して,最も高いことが判明しました.また同時に,打ち込んだ各文章が保存されたか,されなかったかを答えさせたところ,削除条件の問題についての正答率が低い(つまり,保存されたか削除されたかをあまり覚えていない)ことが分かりました.さらに,保存されたなら,どのフォルダに保存されたかを答えさせた(回答選択肢には,5つのフォルダと,「特定のフォルダは表示されなかった」,「削除された」が含まれる)ところ,削除条件の問題についての正答率が最も高い結果となりました.

これらの結果をまとめると次のように解釈できます.

  • 外部に記憶できないことが分かると,情報そのものを覚えようとする.
  • 外部に記憶できるときは,記憶されたという事実を覚えている
  • 外部に記憶されると知っていても,どこに記憶されているかはあまり覚えていない

実験4:情報そのものと,情報の所在のどちらを記憶するか?

実験4では,被験者は,実験3のフォルダ群と同様に,トリビアをタイプし,5種類のフォルダのどれかに記録されたというメッセージを視認する,というタスクを行いました.タスク終了後,自由再生テストを実施し,どれだけのトリビアが再生されるかを確認した後で,各トリビアがどのフォルダに記録されたかを再生するテスト(ここでは,ダチョウに関するトリビアはどのフォルダに記録されたか?というように,トリビアに関するヒントを与えている)を行いました.結果として,トリビアそのものの再生率よりも,フォルダ名の再生率が高いことが判明しました.つまり,トリビアそのものよりも,場所をよく覚えていた,ということになります.

一見,この結果は実験3の最後の結果と相反する結果に見えます.そこで,さらなる分析を行いました.実験結果を再度,次の4種類に分類し,その割合を見るというものです.

  1. 文章そのものを再生でき,フォルダ名も再生できた
  2. 文章そのものを再生できたが,フォルダ名は再生できなかった
  3. 文章そのものを再生できなかったが,フォルダ名は再生できた
  4. 文章そのものを再生できず,フォルダ名も再生できなかった

この結果,1は17%,2は11%,3は30%,4は38%という結果になりました.各分類間の全てに有意差が見られているわけではありませんが,この結果が示唆することは,文章そのものを覚えているときには,場所を覚えず,文章そのものを覚えられないときには場所を覚える傾向があるということではないか,と著者らは言っています.

ちょっとこの解釈には異論がありますね.1と2を比較してみて,2のほうが割合が高いのであれば,「文章そのものを覚えているときには,場所を覚えず」と言えると思いますが・・・.単に,セットで覚えることが若干難しい事を示しているにすぎないように見えます.

しかしながら,2と3を比べると明らかなように,情報そのものと情報の所在のどちらが記憶されやすいかということであれば,情報の所在であるということになりそうです.

まとめ:インターネットという外部記憶装置の影響は?

この研究から明らかになったことで,重要なことは以下の3点だと思います.

  1. いつでもアクセス可能な外部記憶に情報を貯めておけるなら,人はあえて記憶しようとはしないということ
  2. また,その場合,情報そのものよりも,情報の所在のほうを記憶(Transactive Memory)する傾向がある

この実験結果から,インターネットによって外部記憶への依存が増加し,内部記憶が減少することで,情報を反芻し,内化して自分のものにするというプロセスが起こらないことへの悪影響を懸念する声があるようです.しかし,果たして,内部記憶が減少するのでしょうか?

そもそも,人が外部記憶を活用するのは,今に始まった話ではありません.インターネット登場以前から,人は記憶能力の限界を認識していて,メモやノートを取る習慣を持っています.ノートに記録した事柄が,内部記憶になるかどうかは,記録した内容をどう活用するかにかかっています.外部に記録した事柄を内部記憶に昇華させる作業は,人がその必要性を感じたときに行えれば良いのであって,与えられた全ての情報を,与えられたその時に内部記憶に詰め込む必要はないはずです.そうやって詰め込んだ内部記憶も,記憶容量には限界がありますから,内化するプロセスが進みやすいかどうかは疑問です.逆に,記憶そのものに脳のキャパシティを割くのではなく,記憶は外部に任せて,情報を吟味するプロセスに脳力を使うほうが,より効果的な学習が行えるように思えます.

この辺の,外部記憶と内部記憶の関係に関する研究はまだまだ始まったばかりのようで,さらなる研究が待たれるところです.

ただし,ノートの整理の上手/下手があるように,外部記憶の使い方の優劣は顕れてくるのではないでしょうか.問題に直面したときに,解決に必要な情報を保存しているかどうか?保存しているならば,その情報に再度アクセスできるかどうか?このような情報の活用能力が,外部記憶を持つことの意味を左右してしまいそうです.さらに,そもそもインターネットという外部記憶装置を活用できていない人と,上手に活用している人とのギャップはますます広がっていくことが予想されます.そういった意味でも,情報リテラシー教育の重要性はますます高まっていくと言えそうです.